仏像は単に偶像崇拝の対象に過ぎません

 正しい宗教観を持ちましょう!

 仏像は単に偶像崇拝の対象に過ぎません。仏像には大きく分けて如来・菩薩・明王・天などの種類があります。

 しかし、これは人がが修行するための目標に過ぎません。 修行によって目標のようなあなたになりなさいと言うのが本当の教えです。

 いつの時代からか、修行を仏像などを崇拝することにすり替わってしまっています。仏像は、宗教的にあなたの修行レベルを高め導くための目安として作られたものです。その点をしっかりと認識することが、望ましいと言えます。

 昔からの風習を大切にすることは大事ですが、「鰯の頭も信心から」と同じく、仏像を信教の対象にしたところであなたの人生が良くなると言う考え方(錯覚)をもうそろそろ捨てるべきです。

 仏像やそれと曼荼羅などを現在人は鰯の頭にしてしまっています。

 人は決して強くないから、自分の人生を変えてくれるであろう何かに縋(すが)ろうとします。何を信じるかは各個人の自由です。何を信仰の対象にするかは自由です。しかし、あなたの人生を好転さられる要素は他にあるのです。

 霊感商法にひっかかるのはその辺の基本的な考えを理解していない人が多いかも知れません。学校教育でも歴史は教えても、その辺の知識を教えることがないこともその理由です。

 仏像を信仰の対象とするのではなく、本当に必要なことは、あなたの心の中にある仏性を目覚めさせることであることが理解できた時に初めて仏の道を知ることになります。

 しかし、大切なことが何かを見失っている場合には、熱心に宗教を信仰をすればするほど、上記の様な大きな錯覚に陥っていまい、また、そのために新興宗教などで騙される要素が生まれます。